ポリネシアの神話と伝説~金色の肌のタハキ

タハキは、タヒチの人々の先祖とされています。タハキの祖母はロナ・ニホニホ・ロロアといい、これは「長い歯のロナ」という意味です。彼女は美人ではあったのですが、その長い歯で恐ろしいことをしていました。人間の肉を食う習慣があったのです。

それでも彼女は自分の娘のヒナに対してだけは、食人の習慣は隠し通し、普通の母親のように振る舞っていました。ヒナが赤ん坊の時には、その指にサンダルウッドのオイルをつけて優しくこすってやり、ヒナの指は細く優美に育ったのです。

そしてヒナが寝ている間にロナは外に出、タハラアという地の近くの海岸を通りかかる人々を捕らえては洞穴に引きずっていき、骨になるまで食べ尽くしていたのです。

時が経ち、ヒナは美しい少女へと成長しました。モノイ、というハンサムな恋人も現れ、2人は毎日のように秘密の岩穴で逢い引きをしていました。その岩穴は2人の呪文で開いたり閉じたりできたのです。

しかし、ヒナがしょっちゅう家を留守にするのを訝しいと思ったロナは、ある日こっそりとヒナのあとをつけてみました。そしてハンサムなモノイを見たとき、その若くて逞しい筋肉と甘い骨髄を想像して、食欲が湧いてくるのを止められませんでした。

翌日、ロナはヒナに用事を言いつけ、ロナ自身が岩穴へと出かけていきました。そしてヒナの声色をまねて、かねて聞き覚えた呪文「テ・ツム・オ・テ・パパ・エ、ヴァヒア!」と唱えるや岩穴を開き、中に入ってモノイを捕まえ、彼女の好きな耳やかかとや脳味噌を堪能したのでした。ところが最後に心臓を食べようとあばら骨をはがしたものの、心臓は見あたりませんでした。

その夜、ヒナが岩穴を訪ねていってみると、血にまみれた骨が残っているばかりでした。ところが彼の心臓だけはまだ動いて彼女を待っており、その心臓の動きで、モノイはヒナに次のことを伝えたのです。「ノア・フルフルという酋長のところに逃げろ。そこまでいけば安全だ。」と。そのためには、まずロナの目を欺かなくてはいけません。ヒナはバナナの束を寝床に置いてタパの布団をかけて自分が寝ているように見せかけ、一目散に駆け出しました。

ロナは食人鬼の本性をむき出していました。あろうことか、眠っているヒナに向かって大きな口を開けて近づいていったのです。ところが、寝床にはバナナが横たわるばかり。ロナは怒りを爆発させました。村人を脅してヒナの逃げた方向を聞き出しますが、そのときにはヒナはすでにノア・フルフルの家に到着していました。

ロナの形相は凄まじく、数百本の尖った歯が、口だけでなく、腕や腹、あごや膝からも突き出ていました。しかしそれを迎え撃つノアは長い槍でロナの喉を一突きし、苦痛のうめきをあげてロナは息絶えました。

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ヒナはノアの家で過ごすことになり、やがて2人の間には男の子が2人産まれました。1人はきかん坊でしたが、もう1人、ヘマという名の子供の方はたいそう素直だったので、ヒナは「お前には素敵なお嫁さんが来るよ」と言っていました。

ヘマが成長し、そろそろ妻を見つけてもいい年になったとき、ヒナはヘマを呼び、「朝早く、バイポオポオの川岸に穴を掘りなさい。そこでじっと隠れていると、精霊の世界の美しい女性が水浴びにやってくる。お前は彼女の長い黒髪をつかまえなさい。決して離してはいけない。そして家4軒ぶんの距離だけ彼女をひきずっていくの。そこまでいけば彼女は喜んでお前と結婚するはずよ」と伝えます。

翌朝、言いつけ通りにヘマは女性をつかまえますが、彼女は家を2軒過ぎたあたりで「お願いだから自分の足で歩かせて」と甘く優しい声で頼みます。ヘマは逆らえるはずもなく、手を離した瞬間ーー彼女は逃げていってしまいました。

「もう1回やってご覧」とヒナは言い、また翌朝ヘマは出かけていきました。今度は、ヘマは手を離したりしません。彼の腕の下で女性の鼓動は激しくなっていきましたが、決して手をゆるめず、4軒ぶんの距離を歩きました。その瞬間、彼女の方から「ここに住みたい」と言い始め、やがて2人の間に子供が産まれます。この子こそが、黄金の肌、そして黄金の髪「エフ」を持つタハキだったのです。

タハキにはいとこがいました。そう、ヒナのもう1人のきかん坊の子供の子供です。幼いときは彼らは仲良く遊んでいました。が、そのうち、何をやってもタハキにはかなわない、ということがわかったとき、いとこはタハキを半死の状態になるまで殴ったのでした。

タハキの母は魔法を使ってタハキを蘇生させました。父のヘマは、子供達の間でこんなひどいことが行われたことに気が動転し、黄泉の国「ポー」にさまよい降りていってしまいました。黄泉の国では邪悪な神や死人が待ちかまえており、ヘマは彼らの便所に閉じこめられてしまいました。

いっぽう地上では、タハキは母から精霊の力を授けられ、また、岩肌や、魚や、鳥の羽など、金色、金褐色の輝きを持つすべてのものの起源となっていきました。成人したとき、タハキは「タヒチ」という名の魚を釣り上げ、それを大地へと変えました。そして、山や川を削り出し、細心の注意を払って雨や雲を調整して、豊饒な島へと造り上げていったのです。


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タハキは自分の仕事に大変満足していました。が、今ひとつ心が晴れません。そう、父のヘマが依然として黄泉の国に囚われの身であったからです。彼は母親に、もう父親を助け出せる十分な年齢になったから、と黄泉の国に旅立つ許しを得ます。母は、精霊の力を彼に貸し、黄泉の国への行き方を教えると共に、例のいとこと一緒に旅立つようにとも薦めました。

タハキといとこの2人は、教えられたとおり、暗くてぬるぬるした洞窟を、傷だらけになり、空腹になりながらもどこまでも進んでいきました。そしてとうとう、明るい光が射す場所まで到着したのです。

彼らが身を隠していると、クヒという名の盲目の老婆が、ヤム料理の皿を数え始めました。いとこのほうは空腹に耐えきれず、思わず料理を一皿盗んでしまいました。老婆はすぐに気づき、「私の料理を盗んでいったのはいったいどこの虫けらだ?」と叫びます。タハキはいとこのことが心配になり、自ら「それは今ここに来たタハキだ!」と応えます。

「おやまあ、地上から来たタハキかね?神々の末裔じゃね?歓迎するよ!」とクヒはいい、おもむろに釣り針と釣り糸を取り出しました。タハキは決してそれに触ってはいけないことを知っていましたが、またしてもいとこはその輝く釣り針に思わず手を出してしまいました。

その瞬間、クヒはまるで魚を釣るようにいとこを引っかけ、たぐり寄せ始めました。「彼を放せ!」タハキは叫びます。「いやだね。これは私の夕食だ。」と、クヒ。タハキはいとこの身体を抱き上げ、釣り針をはずしてしまいました。「なんと、力のある人間がいたものよ。そんな力があるのならついでに私の視力を戻してはくれないかい?」「おやすいご用だ」と、タハキは白いココナツのかけらをクヒの目にはめ込みと、クヒの目はたちまち見えるようになったのです。

クヒが2人をよく見ると、どちらも彼女の親戚筋にあたるということがわかり、途端に親切になりました。「どうもありがとうよ。何かお前さん達にしてあげられることはないかい?」「じゃあ、父さんのヘマがどこにいるか教えてくれ」「ああ、それならこの道をまっすぐ森の方に向かって行くがいい。藪の中に地獄の神がいる。彼らはヘマから眼を取り上げ、それを、夜通しマットを織るために働かせている少女達の照明に使ってるんだ。その代わりに、ヘマの眼には鳥の糞が詰められてるよ。」

タハキはショックで声も出ませんでしたが、とにかく父のもとへ急ぎました。そしてヘマが、ゴミと排泄物の中に、死んだように横たわっているのを見つけたのです。タハキは優しく父を助け起こしました。「かわいそうな父さん、ごめんよ。」とタハキが声をかけると、ヘマも気がつき、「タハキ、黄金の子供よ、それにお前をここに導いてくれた精霊よ、本当にありがとう」と弱々しく涙を流します。

タハキは我に返ります。「父さん、逃げよう。早くしないと邪悪な神が戻ってきてしまう。」そうして、無事に地上に逃げ帰ると、タハキは父の身体を、頭のてっぺんからつま先まできれいに洗い、父の眼を元通りにはめ込みました。

金色の肌のタハキは、両親と再び一緒に暮らすことができて、とても幸福でした。

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