トップページへ

ハワイの伝統植物

目次

トップページに戻る

FXを楽しむための小ネタ集

ハワイの神話と伝説~ハワイの伝統植物~ウル・マイア他

■ウル(ブレッドフルーツ)
おなじみのパンの木です。ハワイアンキルトのデザインにもこの葉が好んで用いられるこ とでも有名です。ウルは、これぞポリネシア原産、といえる典型的な植物で、タヒチで は 50種類、マルケサスにいたっては200種類ものウルを見ることができます。ところが ハワイでは、非常に有名なわりには、近年になるまでたった1種類のウルしかありま せん でした。今では、すっかりハワイの顔になっています。

ウルには、種子のあるものと無いものがあり、ポリネシア伝来の種類は種子無しです。根 から生える不定芽で繁殖する種類なのです。したがって、ウルの木を増やすには、根から 植え替える、という作業が必要になります。ところがウルは土壌に極めて敏感で、いきな り異なる土壌に植えるとすぐに枯れてしまいます。必ず、もとの土を大量につけている状 態で移植しないといけませんでした。他の島から移植するときにはさぞかし大変だったの ではと思われます。

1788年、ウイリアム・ブライ船長率いるバウンティ号は、タヒチからカリブ海にパン の木を運んでいました。パンの実は、人間にとって必要な栄養素がほぼつまっており、成 人男子であれば1日1個食べれば生きていけるといいます。パンの木には1本で100個 以上の実がつくので、この木が3本もあれば一生暮らせる計算になります。当時、黒人奴 隷をこれで養ってしまおう、というニーズがあってパンの木を移植しようとしたようです。

航海の途中で、いわゆる「バウンティ号の反乱」が起きたのは有名な話です。ブライ船長 はその後1792年に、再度チャレンジし、1200本のパンの木を無事にタヒチからジ ャマイカまで移植することができたといいます。

ウルの幹からはサーフボード、ポイを作る台、フラのドラムなどが作られました。樹液は 糊として、イプヘケのひょうたんのつなぎ合わせやカヌーの板の継ぎ目を埋めるのに使わ れました。葉も、木製のボウルやククイナッツの艶出しに使われるという、非常に有用な 樹木であったようです。

■マイア(バナナ)
現在ハワイのマーケットで売られているバナナは近年になって移植されたものが大半です が、ハワイにはもともと約50種類ものバナナが生育していました。

女性はバナナを食べるのはカプとされていましたが、厳密にいうと、イホレナ、ポポウル、 カウアラウという3種類のバナナに限っては女性が食べてもかまわないとされていました。 また、飢饉のときにもこのカプは解除されたようです。

いくつかの儀式などでは、プーマイアという種類のバナナが、人間の体のかわりとして捧 げられました。ほかにも、例えば槍の演習などで、人間を標的にするわけにいかない場合 などもこのバナナが使われたとのことです。

バナナの作付けに関してはハワイの暦で結構厳密に定められていて、日にちだけでなく、 時刻も、種類によって、「日中、太陽が頭の真上に来たとき」、とか、「夜、月が頭の真 上にきたとき」、というように細かく定められていたようです。

■ニウ(ココヤシ。ココナツの木)
ハワイに限らず、人類にとってこれほど有用 な植物は類を見ません。幹は建築材料になっ たのはもちろん、食器やカヌーの材料になりました。フラのドラムもこの木で作られます。 葉は、屋根を葺いたりするほか、ラウハ ラのような編み物にもなりました。

ココナツの実からは、飲用になるジュースのほか、いわゆる「ココナツミルク」がとれて、 さまざまな料理に使われ、さらにはココナツオイルも愛用されました。殻は食器などに使 われたほか、繊維の部分はロープやたわしにもなりました。日本でも昔から利用されてい る「亀の子たわし」も、ココヤシの実の繊維がそのまま使われているのは有名な話ですね。 (ただしこれはスリランカから輸入しているようですが)さらに、開花前の樹液からはヤ シ酒を作ることができます。ココヤシが、別名"生命の木"と呼ばれているのも当然かも しれません。

ハワイでは2種類のココヤシがあり、いたるところで見ることができますが、実(じつ) は、ハワイは野生のココヤシが生える北限で、赤道直下の国ほどはココナツは豊富ではな いようです。

■ウヒ(ヤムイモ)
ハワイでは、主にニイハウ島で盛んに栽培されていました。ウヒの実は粉っぽいので、ポ イを作るのには向かず、イムで蒸して食べたようです。

■ピア(くず)
根茎を食用にしました。特に気を遣わなくても、放っておいても育つという、けなげな植 物だったようです。

■コー(さとうきび)
ハワイには40種類ものさとうきびがありました。カロ水田のあぜ道など、湿度の高い土 壌でよく育ちます。19世紀に入って、アメリカ系の財閥がさとうきびプランテーション を続々と開発し、水源を操作してまで大量の水を引き入れたために、既存のカロ水田など 水を必要としていた伝統植物が次々と枯死していきました。