ミクロネシアの神話と伝説~半神エタオの伝説

ここでは、マーシャル諸島から東カロリン諸島で語り継がれている、半神、トリックスター「エタオ」の物語をご紹介します。

トリックスター(trickster)とは、創造的で破壊的、いいところもあれば悪いところもあるという、功罪半ばする半神のことを指して言われます。普段はいたずら好きで悪いことばかりしてますが、いざとなると頼りになる、という、結局なんだかんだいいながら人気のあるモチーフのようです。ハワイ、あるいは広くポリネシアのトリックスターといえばマウイが有名ですが、ミクロネシアにも、このトリックスターの神話がいくつか伝わっており、これもその1つです。

エタオ(Etao)とは、マーシャル語でそのものずばり「いたずら者」という意味です。(Letao、と書かれることもあるようです) 彼は変身が得意で、ハンサムな男にも美女にも老人にも、あるいは魚にも果物にも魚にも化けることができたので、その技を使ってしょっちゅう人々をからかって楽しんでおり、そのせいか、マーシャル諸島では何か悪いことが起きるとたいてい「エタオにやられた」というひどい言われ方をしているようです。

【エタオと怪物鮹】
昔、ある村にレロランという大変村人思いの村長がいました。ある日のこと、村の沖合に怪物蛸が出現し、村人を襲うようになってしまいました。レロランはカヌーにいっぱいの食料を積んで単身沖に出ます。食料を海にばらまきながら鮹をおびき寄せ、陸に上げて捕らえよう、という作戦です。

何度かの失敗の後、レロランはうまく鮹を陸におびき寄せることに成功しました。しかし、なんということ!鮹は陸に上がっても全く弱ることなく、レロランに向かって来るではありませんか。慌てたレロランはエタオの小屋に飛び込んで助けを乞います。

エタオは昼寝をしていましたが、話を聞くと「そりゃ面白そうだ。お前は梁の上にでも隠れて見てろ」と、泰然自若。やがて入り口に鮹がやってきて「今ここにレロランが逃げてきただろう?」と訊ねます。
「いや、そんな男は知らん。まあ上がってゆっくりしていけ」とエタオ。
「俺は腹が減っていてレロランを喰いたいんだ。そんなヒマはない。」
「まあ遠慮するな。ゆっくり歌でも歌おう。俺は歌が好きでな。」
「何だと?(怒)」
「ほらもう日が暮れる。歌うにはいい時刻だ。まあちょっとだけでも」
「しようがないな、じゃあちょっとだけ」
「そうこなくちゃ。じゃあ、まず、お前さんからどうぞ。」
「何だと?(怒)。俺は疲れてるんだ。お前から先にしろ。」
「いやいや、それは礼儀に反する。お客様からだ。」
鮹は仕方なく、あろうことかレロランが鮹を捕まえに来たときに歌っていた歌などうたいます。エタオがそれに応えて歌ったのが子守歌。ココナツの葉をゆりかざしながら「あー眠いー、まぶたが重いー」などと歌い、その抑揚のきいた声で鮹はとうとうウトウトしはじめ、ついに眠りに落ちてしまいました。

「おいレロラン、降りて来い、手伝え。」と、エタオ。怪物鮹はいろんなところに毛が生えており、エタオとレロランは協力してその毛をエタオの小屋の柱にくくりつけ、また、一部は互いに撚り合わせて身動き取れなくしてしまいました。そして最後に小屋に火を付け、怪物蛸を小屋ごと燃やしてしまったのです。
村人は、レロランが無事に帰って来たことを喜び、安心して漁に出られるようになりました。


【エタオの母】
エタオにはジェメリウットという名前の兄がいました。(Jemeliwut:虹の意)また、彼らの母親はリジョバケ(Lijobake:高貴な亀、の意)という名前の亀の女神で、遠く離れたBikar環礁近くの海底に住んでいました。Bikarというのはマーシャル諸島のはずれにある、海鳥と海亀の楽園のようなところで、その砂浜は彼らと、彼らの卵で埋め尽くされているようなところです。

ある日、エタオは兄さんと一緒に母親を訪ねに行くことにしました。道のりは随分遠く、彼らの喉はからからです。やがてBikarに到着、母親も喜んで海底から姿を現します。
「母さん、喉が乾いた、何か飲み物は無い?」と、ジェメリウット。リジョバケは海底に住んでいながら、真水が好きでしたので、ちょっと待ってなさい、というと小屋の中から器に入った水を持って来ます。

ところが、その器も水もずいぶん薄汚れており、ジェメリウットは「こんなもの飲めないや」というと、器をそのまま返してしまいました。ところがエタオは、「じゃあ僕がもらうよ」と言うやいなや、目をつぶって一気にその水を飲み干してしまったのです。

・・・母親は彼らにそれぞれお土産に自分の甲羅の一部を持たせました。
しかし、エタオには彼女の肩のあたりの美しい甲羅を持たせ、ジェメリウットには尻尾の当たりのあまり美しくないところをあげたのです。まあ、気持ちの問題ですね。エタオはその上、生と死すらコントロールできる不思議な力を母親から授けられたのです。

エタオが何にでも変身できる技を持つことができるようになったのは、このときからだと言われています。しかし、母親は、このとき魔術だけ授けて、聡明さや親切さを授けるのを忘れてしまったために、エタオのいたずらは歯止めがなくなってしまった、ということです。


【エタオ、火をもたらす】
エタオとジェメリウットは一緒にマーシャルの島々を訪ね回っていました。そんなある日、彼らはリキエップ島に到着しました。彼らはたいそうお腹が減っていましたが、釣り具を持っていません。誰かに貸してもらおう、と考えていました。

最初に出会った男に頼んだところ、「自分のを使えばいいじゃないか」とケンもホロロです。その後何人かに頼みましたが、誰も見知らぬ2人に釣り具を貸してくれようとはしません。「そういうことか。それならば」とエタオは怒って人々をコネの木に変えてしまい、エタオが許すまで2度と動けなくしてしまいました。

2人がなおも暫く海岸を歩いていくと子供達が釣りをしているのが見えました。しかしながら1匹も釣れていません。「ちょっと釣り竿を貸してごらん」とエタオ。エタオはたくさんの魚を釣り上げ、みんなに分けてやります。気分が良くなった彼は、釣り具を貸してくれた少年に「いまからとっても不思議なことを教えてあげよう。火の起こし方と調理の仕方だ。君はリキエップで最初に火をおこすことができる人間になれるんだ」そのころリキエップでは誰も火の起こし方を知らず、皆、魚を生のままで食べていたのです。
というわけで、エタオは少年に火の起こし方と、ウム(蒸し焼き)料理の作り方を教え、ついでに火種にした石を魚籠に入れて持たせてやります。
少年は走って家に戻り、両親にこの大ニュースを伝えました。ところが、魚籠に入った火種はその後もくすぶり続け、やがて家に燃え移って全焼してしまったのです。

少年は泣きながらエタオのところに戻って、「何もかも燃えちゃったじゃないか!」。エタオは笑いながら「心配するな。家に戻ってごらん」。実際、少年が家に戻ってみるとあら不思議、家はもとのまま建っているではありませんか。・・・このときから、リキエップ島ではみんなが自由に火を使えるようになたっということです。


【エタオとジェメリウットの訣別】
エタオとジェメリウットがマジュロ島を訪れたときのことです。2人が小道を歩いていくと向こうから大きなサーフボードを担いだ男がやってきます。2人と出会っても道を譲ろうともせず、2人のほうが道をゆずりました。エタオはこのことに腹を立て、サーフボードを思い切り重くしておまけに2度と肩からはずれないようにしてしまいました。ジェメリウットはちょっと気が引けましたがエタオは笑っています。サーフボードの男は「俺は今まで色んな魔術師を見てきたが、あんたのような偉大な魔術師には出会ったことが無い。俺が悪かった。どうか助けてくれ。」と懇願し、おだてに弱いエタオはすぐさま術を解いてやったばかりか、ボードも軽くしてやりました。

ジェメリウットは弟のこういうわがままさに辟易してきました。ジェメリウットはこの島で極上の美人と結婚することにしたのですが、弟に知れると何をされるかわからない、と考え、秘密裡に結婚して、人里離れたところに家を構えました。しかし、エタオが知らないわけはありません。島の人達みんなとの宴会の時、エタオは魔法の虫をジェメリウットの着物に這わせていき、身体中を痒くさせました。たまらなくなったジェメリウットはみんなの前で着物を脱いで裸にならざるを得ず、大恥をかいてしまいました。

さすがのジェメリウットもこれには腹を立て、「俺にだって少しは魔法が使えるんだ」と、魔法のサソリを出現させてエタオに向かわせますが、サソリは一瞬でやられてしまいました。ジェメリウットは、「エタオ、お前には何をやってもかなわない。頼むからもう構わないでくれ」と、弟に頼みます。

エタオはもとより兄が憎いわけでもなんでもなく、兄から嫌われるとは思ってもみなかったので、「いや、兄さん、僕が悪かった。気分直しに海で泳ごう。僕は遅い亀になるから、兄さんは速いイルカになっていいよ」となだめます。 2人は海に出てしばらく楽しく過ごします。と、そこに漁師が通りかかり、それを見たエタオは またつまらないイタズラを思いつきます。漁師のすぐ近くで「バッシャーン」と大きくひれを叩いてみせたのです。それまで全然気がついていなかった漁師は、浜のすぐ近くに大きな亀と大きなイルカがいることに驚き、これは大した獲物だ、とばかりに、まず亀に向かって銛を投げつけます。銛は亀の甲羅で簡単に跳ね返され、勢いでイルカの胴体に深く突き刺さってしまいました。

2人はすぐに人間の姿に戻りましたが、ジェメリウットは「お願いだ。もうこれ以上関わり合いになるのはやめてくれ。島に戻って父さんに、ジェメリウットは死ぬまでこの島で暮らすことに
したと伝えてくれ」とエタオに冷たく言ったのです。その後、ジェメリウットはマジュロの島で王となり、善政を敷いて人々から慕われ続けた、ということです。


【エタオとコネの木のカヌー】
エタオはマジュロを後にする前、ちょっとしたいたずらをしかけていました。彼は速く走るカヌーが欲しかったのです。当時、マジュロでカヌー作りの名人と言えば「ココ」という名の男で、ココのカヌーは速く、カッコよく、マストや索具も美しく飾られていました。その上、相当な重さの荷物も運べる、という優れたものでした。

エタオは計略を巡らし、「あのカヌーと交換できるようなカヌーを作ってしまえばいいんだ」と考えます。そこでエタオは手近にあったコネの木(この木は鉄木(てつぼく)」と言われる大変堅い木で、カヌーになどしようものなら沈んでしまいます)を切り出し、カヌーのかたちにすると、それをピカピカに磨き上げ、海岸に運んでくると、一見、海に浮かんでいるように見えるように細工しました。(実はカヌーの底に台を当てて水中に置いてあるだけ)

このピカピカのカヌーは人々の注目を集め、噂をきいたココもやってきて、「うーん、これは俺のカヌーよりもたくさんの荷物を運べそうだ。それに、何と言っても美しい」などと褒めます。ここぞとばかりにエタオは「君のと交換してやってもいいよ」と持ちかけ、「本当か?いいのか?」というココの言葉も終わらぬうちにココのカヌーに乗って去っていきました。

エタオの詐欺はすぐにばれ、怒った人々は四方八方からエタオを追います。エタオも必死で逃げ、迫ってくる人々に向かって、積んであった石を蹴りつけます。あまりにも多くの石を蹴りつけたために、現在、マジュロ環礁の東半分に見られる小さな島々は、このときに堆積した石がもとに
なってできたと言われています。

エタオは無事に逃げ切り、勝利の歌を歌い、大海原を心地よく航海していきました。このとき彼が歌った歌も、現在に至るまでマジュロで歌い継がれているということです。

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