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ハワイ史資料

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FXを楽しむための小ネタ集

ハワイの神話と伝説~ハワイ観光史

ひと昔前までは、ハワイの観光スポットはなんといってもオアフ島ワイキキで、リゾートアイランドとしてのハワイの歴史は、 ほぼワイキキの歴史と言っても過言では無いと思います。ワイキキとは「湧く水」という意味、その地の利を活かして昔からタロ水田、 養魚池などが造られていました。ここでは、のどかなワイキキが、どのようにして、 年間600万人もの観光客を受け入れる一大リゾートセンターに変貌していったかを辿ってみます。

観光開発以前のワイキキ

15世紀~

オアフ島歴代の酋長の王座が鎮座
灌漑用水も整備され、タロ水田、淡水の養魚池などが造られていました。

1866

ワイキキを訪れたマークトウェインは、そこに「王立ココナツ林」があって、「12軒ほどの」涼しげな小屋が並んでいた、と記しています。

19世紀末

主としてアジア系の移民により稲作水田が造られ、その広さは500エーカーにも。

1893

ハワイ王朝滅亡。主権は完全に白人資本家達へ


1930年頃のワイキキ

1930年、アラワイ運河完成直後のワイキキ

富裕層のための高級リゾートとしてのワイキキ

1896

ハワイ共和国にて、「法律61号」成立。この法律により、ワイキキの水田や養魚池は、「蚊が大量に発生する非衛生な地区」として 、強制的に土地の改良を義務づけられ、資金面でそれができない持ち主は土地の使用権を売却放棄せざるを得なくなります。もとより、先住民達にそんな資金の余裕があるはずも なく、ワイキキの土地は急速に白人支配階級のものとなっていきます。

1901

モアナ・ホテル(現:シェラトン・モアナ・サーフライダー)開業
ハワイで最初のリゾートホテルの誕生。

1902

ワイキキとホノルル中心部の間にトロリー電車開通

1921

ホノルル港整備完了、アロハ・タワー完成。1922年の観光客数は9,672人。
この頃の観光客はアメリカ・ヨーロッパの大富豪達が中心。

1921

「ワイキキ環境整備プロジェクト」発足。ワイキキの一部を掘削して運河(アラワイ運河)とし、そこで出た大量の土砂を持って残りの湿地帯を埋 め立ててしまう、という計画です。
1928年完成。これにより、ワイキキ地区の淡水生物は絶滅し、もとあった樹木も枯死。 しかし「観光客向けの土地が完成」したということで地価は30倍になったそうです。

1925

キャッスル&クックの子会社であるマティソン汽船が、ロサンゼルスとホノルルの間に豪華客船マロロ号を定期運航開始

1927

同じくキャッスル&クックの子会社であるテリトリアル・ホテル社によって、ロイヤル・ハワイアン・ホテル(ピンクパレス)開業。この後、続々 と大小のホテルの開業ラッシュが続きます。
スティールギターによる、いわゆる「ハワイアン音楽」が流行がはじまったのもこの頃。

1929

大恐慌により観光客激減。
キャッスル&クック社は子会社の広告会社などフル活用し、米本土向けに執拗なハワイの観光宣伝を開始します。

1935

宣伝活動の一環として、超長寿ラジオ番組「ハワイ・コール」放送開始。(~1972)
「リゾートアイランドハワイ」のイメージはほぼ完成
パンナム:サンフランシスコ~ホノルル間にチャイナ・クリッパー定期運航開始。 これにより、従来だとマティソン汽船で4日もかかっていたホノルルへの旅程が一気に21時間半、へと短縮されました。


チャイナクリッパー モアナホテル

パンナムの豪華飛行艇「チャイナ・クリッパー」水陸両用です。 8シートまたは6寝台+12人用のラウンジを装備していました。

創業当時のモアナ・ホテル


兵士向けの観光地から、大衆リゾートへ

1941

12月、日本軍の真珠湾攻撃によって太平洋戦争勃発。この年、約3万人の観光客数を最後に、観光客は渡航禁止。
しかしながら、ハワイ総人口を上回る軍関係者のハワイ滞在によりハワイ経済は未曾有の好景気に。下級将兵対象としたビジネスも拡大し、「高級リゾート」のイメージか ら、現在見られる「大衆向けリゾート」にイメージチェンジの兆しも。

1946-

戦争終結後の景気低落対策が緊急課題に
米本土からの大衆観光客掘り起こしのためにさらなる観光開発へと注力

1947

パンナムに続き、ユナイテッド航空が米本土との間に定期運行開始

1959

ハワイ立州化。アメリカにてハワイ・ブーム
同年、ジェット機も就航
同年、アラモアナ・ショッピングセンター完成。この年の観光客数は20万人。

1967

観光客数100万人突破

1970

ジャンボ・ジェット就航。渡航費用も値下がり開始

1972

ハワイ州の観光関連歳入が、他の産業(軍事、砂糖、パイナップル)を抜き、首位に。 観光客数200万人。

1982

ハワイが、日本人の「新婚旅行先」人気方面No.1に。(それまでは沖縄、南九州)

観光客数は、1976年:300万、1982年:400万、1986年:500万、1990年:697万人


マトソン汽船ポスター パンナムポスター パンナムポスター ユナイテッドポスター

マトソン汽船ポスター

パンナムポスター

パンナムポスター

ユナイテッドポスター

ここまでお読みになってわかったかもしれませんが、ハワイから見た「観光客」というのは、わりと最近まで「アメリカ人観光客」の こと(だけ)を指していたんですね。